海と劇場、ときどき本棚

2018年の7月に爆誕した何をするのかを模索しつづける会社「ひとにまかせて」代表のブログです

「引きこもり」という言葉が生まれる前から引きこもっていた

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「引きこもり」という言葉が、いまみたいな意味で普通に使われるようになったのはそんなに昔のことじゃない。

調べてみると公的な統計が残っているのは平成に入ってから。

ぼくが初めてこの言葉を聞いた時期とほぼ一致する。

大学時代にサークルの部室で新聞かラジオで、こういう人たちを「引きこもり」と呼ぶようになったということを知って、ずいぶんと心がかき乱された覚えがある。

 

心が乱れたのは自分にもそういう要素があると感じたから。

というか、数週間くらいなら、そんなふうに部屋から出られず、誰とも合うことができなくことがよくあったから。

例えば、大学の授業だったり、友達との約束だったり。

行かなくてはならないことや、楽しみにしていたことなのに、どうしても家からでることができなくなることがよくあった。

 

まだ出かける時間まで余裕がある。

そろそろ出かけたほうがいい。

いま出ないともう間に合わない。

いまならまだほんの少しの遅刻ですむ。

そして、もう少しも間に合わないに変わる時の絶望。

自分が家からでられなかった次に起こるのは、部屋の電話がなること。

いまでも電話がキライなのは、ぼくにとってはとても苦しい記憶と結びついているから。

 

ぼくが最後の最後でギリギリ踏みとどまれていたのはお芝居があったから。

そのころから知り合いの学生劇団の照明をやったり、プロの舞台にお手伝いで関わったりしていて、それだけはどんなに心がツラいときにでも出ていくことができたのです。

作品を作る面白さや楽しさがそこにいたるまでの辛さをかろうじて上回っていたのと、ぼくひとりがバックレることで、沢山の人に迷惑をかけることもよくわかっていたので。

他のたくさんのことに不誠実だったぼくが、たったひとつ誠実でいられたのが「舞台」という場だったから。

(あっ、でも数回はやらかしてますが…)

 

「引きこもり」という言葉を知る前からぼくは引きこもっていて、それが名付けられてしまったことがなぜかとてもショックでした。

自分のなかの秘密が白日のもとにさらされてしまったみたいで。

 

そして自分をコントロールしきれないのはいまでもあまり変わっていません。

あまり前触れもなく突然スイッチが切れて、ものすごく無気力になってしまうときがあります。

人と合ったり、話をするのもとても億劫になりるのです。

でも、本当はひとりでいると精神状態がなかなか上向きにならないこともわかっています。

 

フィリピンから帰ってきて、劇場に行くこともなくて家で仕事をしていたので、実はここしばらく引きこもり状態でした。

そのせいでいろんなことも進められなくて、いろんな人に迷惑をかけたり不安に思われたり。

今日、ちょっとしたイベントに行きました。

いまのコンデイションだと知らない人が大勢いる場に行くのはキツイかなと思っていたのですが、実際に出かけてみるとそんなこともなく。

むしろ、スイッチ入ったみたいです。

人と会うのはツラいんだけど、それでも人のなかに入って行くことでコンデイションは良くなる。

この頃ではそのことだけはわかってきたので、昔よりは少しコントロールできるようになったのかもしれません。

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セブ島でタクシーに乗る

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Uberというタクシーの配車アプリがありますし、日本でもいくつかスマホを使った配車アプリがあります。

便利そうだなと思いながらもなんとなく敬遠してたし、そもそもタクシー乗る機会があんまりなかっんですが。

 

セブ島留学中はちょっとした移動は基本タクシーでした。

治安がそれほどよくないので徒歩移動は学校からあまりお勧めされてなかったこと、昼間はかなり蒸し暑いので歩くと疲れちゃうことなどが理由でしたが、一番は安かったこと。

初乗りが90円くらいで、空港まで40分くらいのっても800円しないくらい。
日本人の感覚からしたらずいぶんお安いのです。

まあバイクタクシーとかジプニーとか他にも便利で安い交通手段はあったんですが、快適とは言い難いしスリなどのトラブルも多いということで学校では禁止されてたというのもありますが。

 

フィリピンでポピュラーなのは「Grab」というアプリ。

迎えに来てほしい場所と行き先を指定してタクシーや一般の人の車を呼べます。

極端に言うと、ドライバーと一切会話しなくても大丈夫なので言葉に不安のある旅人は重宝しました。

またアプリの画面でドライバーさんの名前や写真、評価なんかも見ることができるので安心。

いま相手がどこを走っているか、到着までどのくらい時間がかかるかもひと目で把握することができますし、ドライバーさんとチャットで連絡をとることもできます。

 

タクシーはフィリピンでは一番安全な移動手段なんですが、それでもたまにボラれることもあります。

ぼく自身は経験しませんでしたが、友人と2台のタクシーに分乗したところもう一台はこちらの3倍くらいの料金を提示されたりもしましたので、実際にボラれるケースもそこそこあるみたいです。

Grabを使うと予め料金の目安も提示されるのでその点でも安心。

セブ市内は夕方になるとものすごく渋滞するのですが、タクシーではなく一般の人の車の場合は最初に決まった料金だけ支払えばいいので、その点でも使い勝手がいいんです。

対応している車も多くて呼べば数分で来てくれるので、ショッピングモールなどでタクシー乗り場に長い行列ができてるときでもあまり待たなくてすみました。

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タクシーじゃなくて普通の車も呼べます

 

日本にいると言葉が通じるし、ボラれることもないのであまりメリットを感じませんが、海外だとかなり便利だなあと感じました。

海外行くときはその国でメジャーな配車アプリを事前に調べておくと便利ですね。

Grabは日本では対応してないのですがユーザー登録はできます。

フィリピンで登録しようとするとフィリピン国内で使える電話番号を登録する必要があるみたいですが、日本では日本の携帯番号で登録できるので便利でした。

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英語のせいじゃない

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語学留学中に当たり前ですがいろいろと英語でしゃべる機会がありましたが、よくよく考えるとこれ英語力がないからできないわけじゃないこともたくさんありました。

 

ぼくの通っていた学校は基本的には一週間単位のカリキュラムで、月曜日に入学してきて金曜日に卒業します。

最初の月曜日のランチタイムに全員の前で簡単な自己紹介をして、金曜午後の卒業式でも簡単なスピーチをみんなの前でします。

英語でスピーチ大変、とはいえしゃべる内容は事前に考えてそれを覚えてくればいいだけのこと。

そして英語じゃなければ簡単かというとそんなことはなく、そもそも日本語でも人前でしゃべるの苦手なんですよね。 

 

スピーキングの授業、一応テキストはあったのですがほぼいつもフリートーク化していました。

フィリピン人講師のなかには日本に興味のある人も多いので、日本の文化や習慣についての話になることがよくあります。

質問されて答えられなかったり答えにくいトピックもよくあったのですが、一番悩んだのは

「納豆の味」

 

「辛いの?」「辛くはない」

「甘いの?」「甘くもない」

「しょっぱいの?」「しょっぱくはない」

「苦いの?」「苦くない」

という会話のあとで、

そもそも納豆キライだから生まれてから5回くらいしか食べたことがない

ことに気づきました。

そりゃまあ、英語以前に日本語でも説明できるわけないですね。

この話をFacebookにアップしたら、納豆の匂いをどう説明すればいいかというコメントで盛り上がりましたが味についてはほとんど誰も言及しなかったんですが。

つくづく不思議な食べ物ですね。

 

ほかに困ったのは

「どうして結婚しなかったの?」

「いまからでも結婚したいと思ってる?」

という日本人なら気を使ってあまりしてこないだろう質問がバンバン飛んできたことです。

正直言うと自分でもよくわかんないんだもん。

日本語でも答えられないです。

 

他にも除夜の鐘の説明をしたら年が変わる瞬間に108回連打するものだと思われたり、どうして日本人は湯船につかるのが好きなのか聞かれて答えられなかったり、自分にとって当たり前のことを改めて説明するのは言葉とは違うポイントで難しいんだなと思いました。

日本語でもうまく伝えられないだろうこともたくさんあるし、苦手なこと、キライなこともたくさんあるし。

そういうことも含めて、セブ島ではコミュニケーションってなんだろうって考える機会の多い一ヶ月でした。

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500年前

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一ヶ月も日本を留守にしていて、まあいろいろと滞っている上に、帰国してからもなんだかんだであまり物事の捗らない精神状態に陥っていまして。

いろんな人に迷惑かけたり心配されたり呆れらられたりしてるわけですが、にもかかわらず映画を見に行きました。

だってフィリピン人の映画監督が撮影した、マゼランの奴隷をテーマにした映画だったんです。

たまたま先日まで滞在していたセブ島がマゼランが最後を迎えた島で少し気になっていたドンピシャのテーマ。

そしてこないだケープホーナー目指すって言っちゃったし。

さらに、探検家の石川仁さんがその監督と以前に少し関わりがあって映画を紹介していて。

その映画がたまたまこのタイミングで見られるのはものすごい偶然じゃないかと思ったのです。

 

「500年の航海」は1521年に歴史上初めて世界一周航海を成功させたマゼラン艦隊に、指揮官マゼランの奴隷として乗り組んでいたエンリケが主人公。

エンリケについての細かいことはわかっていませんが、元々はマラッカ周辺(マレーシア、インドネシア付近)の出身で、1511年に当時東南アジアに赴任していたマゼランの奴隷になりました。

その後、マゼランについてヨーロッパに渡り、彼の西廻りでの世界一周にも付き従いました。

マゼラン艦隊が大西洋から南米を超えて太平洋に出て、太平洋を渡っていまのフィリピンにたどり着いたときに、島の住人とエンリケの言葉が通じたことから、マゼランは西廻りで東南アジアに到達したことがわかったのです。

マゼランはその後、セブ島近くのマクタン島で島の王に殺されます。

その前後のゴタゴタのなかでエンリケは行方不明に。

もしも彼が、その後生まれ故郷に戻っていたとしたら、そのタイミングによってはエンリケは「歴史上初めて世界一周した人」だったかもしれないのです。

 

この映画の撮影が始まったのは1980年代の初め頃。

それからいろいろあって35年後の2015年に一応の完成をみました。

ということで、いろんな時代にいろんな機材で撮られた映像が継ぎ接ぎされていて、とても不思議な雰囲気の作品になっています。

舞台も1500年代から現代まで、エンリケの物語と現代のフィリピンでひとりの男を探すの物語が、そして監督タヒミックの現実の暮らしが折り重なって、夢を見ているような気分にさせてくれます。

 

そんな作品なので観た人それぞれがまったく違う印象や感想を持つと思います。

ぼくは土地と人との関わりについて考えさせられました。

監督のタヒミックさんは元々はフィリピン大学を出てアメリカの大学院で経営学の学位を取ってヨーロッパで働いていた、スーパーエリートみたいな人。

それがそんな人生からドロップアウトして、西欧の文化にさらされるアジアをテーマにした作品を撮り続けてきた。

そしていまはフィリピンの古い文化や風習、生活様式などを守るような活動もしているらしい。

 

最近、地域活性の文脈のなかで、土の人、風の人、みたいなお話がよく出てきます。

土の人は地域で暮らし、地に足をつけてその地域の文化や習慣を受け継いで暮らしていく人。

風の人は外から様々なものを運んでくる人。ものや情報、考え方や意識など。そして地域のことを外へ発信する。

ぼくはもちろん土の人ではないのですが、かと言って風の人かと言われるとそんなこともなくて。

たぶん、何からもどこからも自由でいたいのです。

東京で暮らしているのも東京という土地が好きだからではなくて、東京が日本のなかでいちばんどこでもない場所でもあるから。

どこにも根を張ることもなく、そして通り過ぎることもなく、世の中と全く関わりもなく自分のことだけを考えて暮らしていきたい。

それがぼくの小さな望みで、だから海に出ることが好きなのかもしれません。

 

「500年の航海」で語られている世界はとても魅力的だけど、海の人の視点はなかった。

でもそれも仕方がない。航海をしている人の物語ではなくて、エンリケが連れ去られて帰ってくる物語なのだから。

映画の原題はタガログ語で「出稼ぎに行った人が戻ってくる」という意味の言葉なんだそうです。

うん、確かにそのほうがしっくりくる。

航海の物語じゃないから。

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なぜ猫を飼わないか

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猫大好きだし、子どものころは猫を飼っていました。

だから猫飼いたいと思うことがないわけではないのですが。

 

猫を飼わないのは、一言で言うと寄り添える自信がないからです。

仕事でもプライベートでも家を空ける事が多いし。

普段でも夜遅くならないと帰宅できない日も多いし。

そんなことを抜きにしてもキチンと世話ができる気がしないんですよね。

自分のことだってちゃんとできてないのに。

留学中にスピーキングの授業でいろんなテーマで講師と話しをするのですが、答えにくい話題もいくつかあって。

仕事のことや好きなこと、映画や本の話とかは割と話しやすい。

その一方で、どうして結婚してないのとか子ども欲しくないのとか今からでも結婚したいと思ってるとか、その手の話題は答えにくい。

っていうか、そもそもそれ英語力の問題じゃなくない?

日本語でもちゃんと答えられないよ。

理由なんてあるようなないような、そんな感じなのに。

 

他にもいくつか、まず日本語で説明できるようにならなきゃって思ったことがありました。

日本という国や自分たちの文化についてとか。納豆の味についてとか。

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白い嵐

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セブから帰ってきてから、英語の勉強も兼ねて英語の映画を見るようにしてます。

見たのは「マンマ・ミーア」と「ラスト・サムライ」

だいたい20%くらいしか聞き取れてない。

しかもほとんど単語だけで、センテンスで聞き取れてるのはほとんどない。

Aamazon Primeは便利なんだけど字幕が消せないので、今日は懐かしの「白い嵐」をDVD で。

 

「白い嵐」は1961年に実際に起きた事件を元にした物語です。

舞台は「アルバトロス」という一隻の帆船。

10代後半の青年たちが大学受験のための勉強をしながら、自分たちで船を動かしながら長い航海をする船です。

この手の船はいまでも何隻かあって、以前オランダで船内を見学させてもらったこともあります。

若い男の子たちが長い航海を共にするなかではさまざまなできごとが。

楽しいことも、ツラいことも。

そのなかでゆっくりと、航海をともにしたなかでしか生まれない関係性を育んでいきます。

 

映画のなかで描かれているクルーたちの関係性は、ぼくが経験した長い航海によく似ています。

日常から切り離された時間と空間を共有した同士にしか生まれない感覚。

実は、セブ島に留学しているときに、ここでの暮らしは少しだけ帆船での暮らしに似てる、そう感じてました。

非日常な共同生活、そしてそれぞれが新しい課題にチャレンジする、そんな場でしか生まれない感覚。

たぶん、ぼくはそれが好きだからいまでもまだ帆船に乗り続けているのでしょう。

 

これまでに3,4回見てるし本も読んでいて内容はわりとよくわかってますが、やっぱり英語はあまり聞き取れませんでした。 

DVDだと字幕なしと日本語字幕の他に英語の字幕も出せることがわかりました。

英語字幕流しながらだと英語の勉強にちょうどいいかも。

これから週に一回くらい見返してみようかなあ。

そういえば、帆船「あこがれ」でドーバー海峡回航中にクルーだけで上映会やったのはいま思えば贅沢だったなあって。

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目指せ!ケープホーナー

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2000年から2004年の5年間、帆船関係でわりとよく海外に行ってました。

2000年のSAIL AMUSTERDAMに、帆船「あこがれ」のボランティアクルーとして、初めての海外帆船レース、イベントを体験したことが始まり。

2002年のSAIL KOREAには帆船「海星」のボランティアクルーとして参加。

2003年の春にはイギリスの帆船「ロードネルソン」にトレーニーとして乗船。

同じ年の秋には、アメリカで帆船を運用する2つの団体を視察させてもらいました。

どれも普通に楽しい体験だったのですが、それから帆船に乗るために海外に出かけたことはありませんでした。

 

理由はあるようなないような…。

舞台の仕事が忙しくなってきて、十分に時間が取れなくなったということも確かにあります。

そして2001年に取ったある賞の賞金が海外に出かける原資だったりもしたので、単純に自由にできるお金が少なくなったというのもあります。

でももっとシンプルに、自分のなかで最初の興奮が一段落してしまった、ということも大きかったのかなといまになると思ったりもします。

 

海外で帆船に乗ることは確かに楽しいけど、多分ぼくは帆船に乗ることそのものよりもそこから生まれるものにより価値を感じていました。

もちろん、海外でもそういう楽しさはありました。

 

イギリスには3週間ほど滞在していて、航海のない日はずっとメンテナンスを手伝っていました。

観光にはあまり興味がないのでそっちのほうが断然楽しかったからなんですが。

けど周りからは

「あいつ、なんでわざわざ日本から来たのに毎日メンテしてるんだ?」と不審がられて、

「もしかしてひとりで出かけるのが怖いんじゃない?」って思われたらしくて、

最終的にはクルーのひとりがエスコートしてくれて半日のロンドン観光に連れ出してくれました。

またぼくが舞台関係の仕事をしていると知ったボランティアクルーのひとりはお芝居に誘ってくれたりもしました。

 

アメリカでは2000年の大西洋横断レースに出たという人とたまたま知り合い、レースやアムステルダムでの思い出話に花が咲いたりもしました。

帆船関係、ヨット関係の人にもいろいろ紹介していただき、イベントに呼んでいただいたり、ヨットでのクルージングを楽しんだりすることができました。

ホームパーティーに呼んでいただき、豚汁を作って大評判になったこともありました。

 

とはいえ、やはりどうしてもコミュニケーションの壁があって。

そしてそれは自分の心のあり方に問題があったのです。

英語がうまくないということもありましたが、それよりも、まだ自分で自分の心のことがよくわかっていなくて。

なので長く海外の知らない人の間で暮らすなかで、自分の心がうまくコントロールできないことも多かったのです。

なので同じように帆船に乗るなら海外よりも日本のほうがいい、そう思うようになったんです。

 

実はおととしくらいに、自分の取説がアップデートされました。

このことはまたどこかで詳しく書きたいのですが、あることがキッカケで、自分の心のあり方についてより詳しく知ることができたのです。

何が得意で何が苦手で、何が好きで何がキライなのか。

そして心のコンディションをキープするにはどうすればいいのか。

そんなことがわかったことで少しだけ余裕も生まれて、そのおかげで知らないことにチャレンジする勇気も少しだけ湧いてきたみたいで。

 

そしていま、また海外で帆船に乗ってみようかなって思ったりもしてます。

まだ元気で航海も知らない船や海もたっぷりと楽しめるだけのエネルギーが残っている間に。

そう思ったときにふと頭に浮かんだのが「ケープホーナー」という言葉。

 

南米最南端のホーン岬。

そこはいつも風が強く、潮流が速く、世界でも指折りの海の難所と呼ばれています。

大航海時代にはここで事故を起こした船もたくさん。

だからホーン岬を越えた帆船乗りは「ケープホーナー」と呼ばれて仲間から一目置かれていたそうです。

どのくらい尊敬されていたかというと

「食事のときにテーブルに足を投げ出してもOK」

なんだとか。

……

……

……

(だって本にそう書いてあったんだもん)

 

日本人だと、世界一周ヨットレースに何度も挑戦しているセイラー、白石康次郎さんがホーン岬をセイリングで越えてます。

ご本人とお話したことがあるのですが、白石さんは足を投げ出してもいい話はご存知なかったようですが、ケープホーナーは金のイヤリングを身につけるって話を聞かせてくださいました。

ご自身もレースでホーン岬を越えたあとで、レース運営からイヤリングをプレゼントしてもらったそうです。

 

ということで、ケープホーナーを目指します!

南米は(というか南半球にも)行ったことがないしちょうどいい。

いくぜ!ホーン岬!

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これがホーン岬です
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なんども繰り返しますが帆船マニアではありません

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去年の11月に開催した帆船の航海イベント「海と物語#001」に20年くらい前に知り合った女の子がきてくれました。

いや、まあ、いまでは旦那さんもいるし女の子ではなくて素敵な女性ですが。

最近では直接連絡を取ることもほとんどなかったのですが、こっそりとぼくのTwitterをフォローしていたみたいで、そこで告知をみてきてくれました。

まあ怪しいとは思っていたんですよね。

告知の翌日、まだなにも細かいことは発表されてないのに申し込みが来てて、そして名字は変わっているけどなんか見覚えのある名前だったし。

当日になって顔を合わせてやっぱりかーって納得しました。

多分、会ったのも10年ぶりくらい。

 

そんな感じで、船で知り合った人の中にはもう何年も、もしくは十数年も会ってないひとがたくさんいます。

じゃあその人達のことはもう思い出さないのかというとそんなこともないのです。

ただ、わざわざ連絡をとったりしない。

だけどなにかきっかけがあると集まったりすることがあります。

そして会わなかった時間なんてなかったみたいに話に花が咲きます。

ぼくはそんな関係性をちょっと気に入ってたりします。

 

昨日、語学留学の同期生と打ち上げが終わって寮に帰ると、ラインにものすごく大量のポストがありました。

何かと思って見てみると、中高の同級生のライングルーブで、

「大石って同期に二人いたっけ?」という投稿をきっかけに、

誰々は何人いたという話題が異様な盛り上がりを見せてました。

途中から元の質問とは関係なく、

井上はふたり、佐藤もふたりでひとりは水泳部、藤田は何人?、

みたいな感じで話が進んでました。

この話題、実は定期的に出てくるんです。

うちの学校はひと学年の人数が少ない上に中高一貫なのでわりと全員がつながりがあるのですが、6年いても絡みが少ない人もいるし、あまり目立たないタイプのひともいるので、「〇〇って名字は何人いたか?」はかなり盛り上がるトピックなのです。

(ちなみに「田中は3人」ってポストしようかと思ったけどタイミングを外したのでしませんでした)

 

この「同期」という関係性について、留学しているなかで少し気になりました。

なんで同期ってこんなに仲がいいんだろうって。

いやまあ仲がいいばかりではないとは思いますが、それでもお互いにとって特別な存在であり続けたりするんですよね。

学校関係の同期だと歳が近かったり、環境が似てたりもするので仲良くなるきっかけはたくさんあります。

けれど今回の語学留学では年齢も動機もバラバラなメンバーなのに、思ってたよりもずっと密度の高い時間を過ごせたような気がします。

 

実は留学中にふと、長い(10日以上の)セイルトレーニング航海と少し雰囲気が似ていると感じました。

おそらく、

・非日常のシチュエーション

・普段の生活から切り離されている

・それぞれの性格や考えとは別のところで、明確な当面の目標がある

・眼の前に果たさなくてはいけないタスクやミッションが提示される

・課題を達成するには、協力しあったほうがベター

みたいなところがとても似ていると感じたのでしょう。

 

以前から

「セイルトレーニングマニアですが帆船マニアではありません」と公言してきました。

明確な考えがあってではなくてかなり感覚的に言ってきたのですが、今回の留学のなかでこの言葉をもっとわかりやすく伝えるためのヒントを手に入れたような気がします。

というか、昨日のブログで酔っ払いながら軽く触れましたが、ぼくが好きなもの、誰かと共有したいと思うもののベースはどれも似ているのだということも気づきました。

 

帆船ではなくセイルトレーニング

演劇ではなく演劇製作

本ではなく本にまつわるコミュニティー

旅行ではなく冒険

 

これまで自分が好きなものを貫くキーワードは「非日常」だと思っていたのですが、なんとなくそれだけではうまく語れていない気がしていました。

いま、なんとなく感じているのはもうひとつ先のことなんじゃないかなあって。

まだうまく整理できていないのですが、

「非日常体験から生まれるコミュニケーション」

もしくは

「非日常体験からしか生まれないコミュニケーション」

非日常体験そのものはぼくにとってはその先につなげるために手段でしかないし、ある意味では取替可能なものなんじゃないか、そう思ったのです。

いままでいくつか企画して実行したなかで、しっくり来たものとこなかったもの、うまくワークしたものとしなかったものがあって、その違いがあまりよくわからなかったのですが、ぼくが提供したコンテンツがそこで完結していたか、その先に向かって開いていたかどうか、という見方をするとなんとなくいろんなことがしっくりする気がしています。

 

このブログのタイトルは「海と劇場、ときどき本棚」

名付けたときは自分が好きなもの、仕事にしていきたいものを並列に並べただけだと思っていました。

でもそうじゃなくて。

この一見バラバラな3つの言葉を貫く横串もぼくのなかにはある。

ここ一ヶ月で感じたそのことを今年はもう少しちゃんとした言葉にすることにトライしてみます。

そして昨年7月に旗揚げした弊社ですが、これからもそんなぼくが感じる素敵なものを、具体的なコンテンツやイベントとしてみなさんの目に届けていければとも思っています。

もう二月になっていまさらですが、今年もよろしくお願いします。

 

タイトル写真はイベントに来てくれた古い知り合いの女性から

「若い頃はカッコよかった」発言があったで若い頃の写真をアップしました。

大西洋横断中の32歳の写真です。

わりと「オタクっぽい」って不評なんですが、どうなんですかね?

あと旦那さんの前でカッコよかったって言われるとドキドキするので辞めてください。

当時もマジでなにもありませんでしたから。

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自分を信じてもかまわない

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4週間の語学留学終わりました。

同期の仲間と近所のレストランで打ち上げ中。

といっても全員がこれで終わりというわけではなく、4人は明日ここを出ますが、残り6週間、4ヶ月、5ヶ月とまだまだ長い時間を過ごすひともいます。

入ったのは同じですが終わりがみんな違う、というのは長く残る人にはなかなかつらいのではという気がします。

 

来る前は、もしかすると楽しいことなんてなにもなくただひたすら勉強するだけの一ヶ月なのではと恐れていたのですが、ティーチャーもみんな楽しくて、同期のみんながなかよくしてくれたので、思っていたよりもずっと楽しい時間を過ごさせていただきました。

ちなみにタイトル写真のビールの背後に写っているのは同期のカレンちゃん。

ぼくの娘でもおかしくないような年頃なのにしっかりしてて、過去にもこの学校に留学経験があるので、勉強でも遊びでも、細かいことを全部いい感じにやってくれました。

本当にありがとう!

 

ビールも今日から解禁。

フィリピンに来てはじめてのビールは地元でポピュラーな「サン・ミゲル」

湿度の高いフィリピンらしく軽い口当たり。

沖縄のオリオンもそうですが、やっぱり地元のビールは地元の気候に合います。

東京で飲んだらこれほどおいしくないんだろうな。

ちなみに330ml瓶が130円(飲食店価格)でした。

もう予習もしなくていいし、心おきなく酔っぱらえます。

 

自分の知らない場所で、知らないひとと、知らないことをしながら過ごす一ヶ月。

たぶんぼくにとって大切なのはそういうことなのかもしれません。

ぼくが選ぶものは、一見かけ離れているようでいて、その根本の部分ではすべてつながっていることに気づいた一ヶ月だったのです。

ああそうか。

ぼくは自分がこれからすることを無理に理屈をつけて説明しなくてもいいんだ。

ぼくがやりたいことは、自分でそうだとわからなくても必ずどこかでつながっている。

帆船も、舞台も、冒険も、本屋さんも。

たぶんその点についてだけは自分を信じてもかまわないんだ。

フィリピンで気づいたとても大切なこと。

自分の軸は思ったよりもずっとしっかりしていた。

もう自分にとまどわなくても大丈夫だよ。

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絆を結ぶ

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数日前から風邪気味でしたが、今日は咳がひどくて。

朝ごはん食べて予習してても止まらない。

んー、体調自体は悪くないので無理すればいけないことはないけど、無理するところじゃないなあ。

というわけで今日はお休みにしました。

狭いブースでのマンツーマンレッスンなので講師にうつしそうでこわいしね。

 

実はここ数日、講師にも生徒にも風邪っぽいひとが多くて。

マスクしてるひともたくさん。

欠席の届けを出しに行ったら、休んでる生徒さんかなりいた。

そしてお休みの先生もたくさんいた。

 

もう次回の予習は終わっているのて、お休みになると一気にやることがなくなる。

だから本を読みながら一日寝て過ごしました。

「星の王子さま」

実は、特別に好きではなかったのですが、去年の春にこの作品をミュージカル化したものの照明をやってあらためていいなあと感じました。

大人になってから読み返すとあらたな発見がたくさんあります。

ひとつひとつの言葉がとても強く、切なく、心に響いてきます。

 

王子さまとキツネのエピソードに「絆」のお話があります。

お互いのことを本当に知るには「絆を結ぶ」必要があって、

それは「時間をかけてがまん強く距離を縮めていく」ことでしかできなくて。

そしてひとたび絆を結べたならば「お互いがほかの誰とも置き換えることのできないただひとつの存在」になるのです。

 

物語のラスト、王子さまは星に帰ります。

王子さま星はとても小さいので地上からはほとんど見ることはできません。

でもだからこそ、頭上でまたたく無数の星のどこかに王子さまの星がある。

そう思うことで「ぼく」は幸せを感じることができる。

無数の星のなかのたったひとつと絆を結んだおかげで、これまではただの星空だったものが自分にとって特別なものに感じられる。

物語はそんなことを教えてくれます。 

 

 この一ヶ月でぼくはこの土地と絆を結べた。

そんな気がしています。

フィリピンという国の名を、セブという島の名を、これからずっと特別な思いで聞くことになるんだろうなあ。

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