海と劇場、ときどき本棚

2018年の7月に爆誕した何をするのかを模索しつづける会社「ひとにまかせて」代表のブログです

はじめて、

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はじめて、

 

キスしたときの大好きな彼女の体温や匂いをハッキリと覚えている。

ホコリ臭い小さな劇場でお芝居を見たときの驚きと熱も。

 

友達とふたり、海辺で夜明かししたときに話したことを覚えている。

マストのテッペンで360°、海しかない景色を見たときの心の震え。

 

なにもかもが悔しくて眠れなかった夜のことも。

ささいだけれど真っ直ぐな想いがが届いた喜びも。

 

小さな漁港の夜明けとか、大西洋の上に広がる満点の星空とか。

見たものや感じたことはいまでも心に染み付いている。

 

日付とか、年号とか、そんなことは覚えてないけど。

大切に生きているつもりだけど。

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忘れてなかった

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写真がそれほど得意ではないので、特に20代のものはほとんど残っていない。

偏屈でプライドばかり高くてそれでいて臆病で。

そんな20代だった気がする。

 

帆船に乗るようになって人に写真を撮ってもらうことが多くなった。

とはいえ、アルバムに丁寧に並べるような趣味もなく、もらった写真はまとめて袋に突っ込んで棚の隅に放っといてただけ。

 

大学にいる間からフリーランスの舞台照明家として働いていた。

学校で勉強したわけでも、師匠に教えてもらったわけでもなく、ただ見よう見まねで劇場で暮らしていた。

それはやっぱりとてつもなくストレスフルな日々で、そこで過ごすなかでなにか大事なものを忘れてしまった。

そんな感覚がいまでもあるのだけど。

 

ちょっとした事情があって、残っていた写真を整理してみた。

帆船のデッキや港にいるときの写真。

自分でも思ってなかったいい表情をしているのが何枚かあって。

 

なんだよ、自分では気がついてなかったけど、案外楽しくやれてたんじゃん。

海で暮らしていたから、劇場でもうまくやれるようになった。

ふたつの世界を持っていたから、穏やかに生きてこられた。

心の底からそう思える。

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世界一と出会った日

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受験する大学を決めるタイミングでやりたいことなんてわからなかった。

将来、どんな仕事をして、どんな人になりたいのか、具体的に想像することなんてできなかった。

だから、「日本一、いろんな人に出会えそう」という基準で大学を選んだ。

そして案の定、謎な出会いを繰り返し道を踏み外していまに至る。

 

序列や権威なんてどうでもいいと心底思っている割には、「王道」にこだわるところがあった。

頂点を目指したいわけではないし、そこに向かって努力することはある意味で無駄が多いと思っている。

ただ、一番の場所がどこにあって、自分がそこからどの方向にどのくらい離れているのか。

それは常に把握していたいなあと思う。

 

いまの「一番」はしょせんは積み上げられた過去に過ぎなくて、これからも有効かどうかはわからない。

それでも新しい場所に行くためにはいまの最高を知っておくことは大切だし、そこを目指せるだけのスキルを磨いたところで損するわけじゃないし。

 

いまの社会だとそこをスキップして違う場所を目指す人もたくさんいる。

そしてそういう生き方も十分に可能になったのかもしれない。

だけど王道を歩くことでしか見えないものも確かにあって。

王道を歩いてきたから得られる強さも。

 

戦わなくてはいけない相手の姿はちゃんと知っておきたい。

自分が自由でいられるために。

 

帆船に乗るようになって3年ほど経ったころ、ヨーロッパの帆船イベントに参加した。

「セイルアムステルダム」という五年一度の世界最大の帆船まつり。

三年の間に、日本では二隻の帆船で何度も航海を繰り返し、一端の帆船のりのつもりだった。

でもそんなの一瞬で吹っ飛んだ。

ぼくは帆船のことなんてなにも分かってなかった。

帆船はこの国では歴史であり文化であり、そしていまもまだ生きていて。

「世界一」と出会うってそういうこと。

26日のイベントではそんな話もできればと思っています。

 

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言葉のちから

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先日のブログで、ある航海に一緒に乗ったテレビ局のディレクターさんが、参加者よりも新人乗組員のほうがドラマになると言われたことを書きました。

同じ体験でも視点が変わるとまるで違う物語になるんだなあと、いまさらながら考えさせられました。

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そういえば、2000年に帆船で大西洋を 横断したのですが、その航海記を書いて小さな文学賞をいただいたことがあります。

これもブログに書きましたがぼくから一緒に航海したみんなに贈り物をするような気持ちで書きました。

つまり、完全にぼくとそして航海をともにした参加者たちの物語だったのです。

 

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そしてふと思い出したのですが、その航海を企画した大阪港振興協会でも航海の記録を書籍にして出版していました。

 

「小さな帆船、大きな世界」というこの本は世界一周航海についてプロのライターさんが書いたドキュメンタリーです。

実際に航海に乗船したわけではなく、航海に携わった乗組員たちへのインタビューがその中心になっています。

これはこれでとても面白い本。

よく知っていると思っていた乗組員の別の一面をうかがいしることができるし、航海中に起こったエピソードについても詳しく書いてあったり。

読み比べてみると同じ航海でもまるで違った印象になります。

言葉は面白いですね。

 

そんなわけで4月26日にはその大西洋横断航海を語るトークショーも予定しています。

どこに視点をおいてお話しようか、いろいろと考えていますので、ご興味ある方はぜひ!

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小さい男

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友達がこんなツイートしててそだよねって。

他人と自分をひき比べてもなんの意味もないって心の底から思っているのだけど、なのにときどき、大声で叫び出したいくらい自分のことが恥ずかしくなる瞬間がある。

恥ずかしい、誰に?

 
この歳になるまで一度も、会社勤めをしたこともアルバイトしたこともない。

正確にはアルバイトはしてたけど、大学時代から舞台照明のアルバイトしかしたことがなくて、そのままそれが職業になってた。

3年だけ会社員をしたことはあるけど、自分たちで立ち上げた舞台照明の会社だったので、会社勤めという感覚はなくて。

あっ、本当に舞台照明業界以外のことほとんど知らない人間なんだなと改めて思う。

 

だからなのか、普通の会社に勤めてる人や、自営業をちゃんと営んでいる人にはそれだけでコンプレックス。

普段のクライアントさんが劇団とか芸能事務所とか舞台照明会社みたいな謎な業界団体ばかりなので、普通の会社と取引のあるフリーランサーさんにも引け目を。

自分で自分をコントロールできないし、他人とうまく協調できなしい、お金にならないことばかりやっている会社なので、大小関わらず会社や組織やチームをうまくハンドリングしている経営者の方はまぶしくてまともに目が見られない。

フラフラして適当に暮らしているように見えて友達や仲間にいつも囲まれてる人には心の底から嫉妬。

 

みんなちゃんと生きているのに、自分だけどうしようもない。

誰もができることができない自分が情けなくなる。

 

なんか小さい男だな。

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物語のプレゼント

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(この記事は4年前に書いたものを元に書き直したものです)

7年前に「自分の本をつくる」という講座を受けました。

freedom-univ.com


自由大学という社会人向けに少し変わった視点の学びの場を提供している団体の授業のひとつで、本を出したいと思う人たち向けに、自分の内面と対話して自分が伝えたいものはなんなのか、そんなことを探る内容でした。

7年前というのはぼく自身の迷走期。

(まあ正直いまも迷走してますが)
それまでの仕事を休業して次の何かを模索して半年あまりが過ぎ、まだ答えが見つからず悩んでいたのです。

文章を書くというのは昔から好きなことでしたが、本格的にそれに取り組むことはしてきませんでした。
それまでの半年間、自分の中のものを棚卸しして、見つけたものを取捨選択し、そして思い出した自分がやりたいことのひとつ「本を書く」をもう一度見つめ直してみよう、そういう思いから受講しました。

「自分の本をつくる」は人気のある講座でぼくが受けたのは14期。その後も定期的に講座は開催されていました。
5日間の講義の中で自分のやりたいことをブラッシュアップして、その最終日に自分の作りたい本の企画書を参加者相互でプレゼンします。


先日、30期生の最終プレゼンをオブザーバーとして聴講させていただきました。

9人の方の出版企画のプレゼンはそれぞれの方の個性と情熱に満ちたものでした。
ぼく自身は若い頃からずっと舞台業界で技術者として仕事をし続けてきたせいであまり外の世界のことを知らないので、世の中には様々なバックボーンを持った人たちがいて、いろいろなことに情熱を傾けているのだと感心させられる時間でした。

 

その中でひとりの参加者の女性からこんな言葉が飛び出しました。
「わたしはこの本を出せないままだと、死にきれないと思っています」

彼女の夢は自分の作品を出版することではなく、若い頃にニューヨークで出会った一冊の本を翻訳したいということ。

30年ほど昔にアメリカで出版された一冊の本。
流行のファッションを追い求めるのではなく、その人に合ったものを身につけることでスタイルが生まれるというテーマ。

正直、自分があまり興味のある分野でもないのでそこまで内容に引かれわしませんでした。
ただ当時の彼女がその本に出会いどれだけ衝撃を受けたか、そして自分が味わった感動を伝えたいという情熱がどれだけ深いのか、それは理解できた気がしました。

それは自分自身も同じような体験をしたからです。

 

講座を聴講するにあたり、最初に講師の方から現受講生の方に簡単に紹介していただいたのですが、そこで「この人は文学賞を受賞したことがあります」と。

自分の本を出したいと思う人たちなのでその辺りには非常に食いつきがよく、講義後の懇親会で賞を取ったことに関することをいろいろ聞かれました。
その中で「普段は違う仕事をしながら受賞した作品を書くのは大変じゃなかったですか」という質問がありました。

ぼくの答えは
「ぼくにしか書けないと思っていたので、書くことが義務だと思っていました」
というものでした。

 

ぼくが頂いたのは「海洋文学大賞」というもので、もう20年近い昔のことになります。
出版社などが作家の発掘のために行っていたのではなく、海事関係の業界団体が海洋文化の普及などを目的に開催していたコンテストで、はっきりいってレベルはそれほど高いものではありませんでした。

その頃ぼくは本業のかたわら帆船でボランティアクルーをしていて、1年のうちの1〜2ヶ月を船の上で暮らしていました。
そのご縁からある年の夏に大西洋を横断する帆船レースにクルーとして乗船することになり、その航海記を書いて賞をいただきました。

 

それまでも何度も帆船での航海は経験していました。
でもカナダからオランダまで大西洋を越えるその航海は初めてのことだらけで。。
何人もの仲間と一緒に初めての海を越える。
いくつものドラマが生まれて、そして自分の中にも様々な感情が生まれました。

その航海はぼくにはとても大切なものになったのです。

 

けれど、記憶は風化していきます。
航海のなかでぼくや航海を共にした仲間達が感じたことはあっというまに消え去ってしまいます。

どうしようもないことですが、それがどうしてもガマンできなかったのです。

航海日誌に残された航海距離や針路の記録ではなく、

海図に記された航跡でもなく、
美しく切り取られた一瞬の写真でもなくて。

明るい夏の光に照らされたデッキや深夜の当直の闇の中で。

乾いた海風に吹かれながら波頭に踊る陽の光のキラキラを眺めたり。

そんななにげない時間の中でぼくたちの見つけたそれぞれの夏があっさりと失われてしまうことが許せなかったのです。

 

だからこそぼくは書き残そうと思ったのです。
自分にとって、そして一緒に航海したみんなにとっても大切なその夏の記憶を。
ぼくは忘れてしまいたくなかったし、航海の仲間にも忘れて欲しくなかった。

だからぼくはみんなにプレゼントしたかったのです。
ぼくたちの航海の物語を。
そしてそれが形にできるのはぼくだけしかいない、そう思い込んでいたのでした。

能力があるとか経験があるとかそういうことではなく、思いの強さそれだけでも人は普段よりずっと強い力を出すことができる。
ぼくは今でもそう思っています。

 

 そして大西洋を渡ったあの夏から19年が過ぎました。

航海の仲間と自分のためにしか語ったことのなかった話を、こんどはもう少し大勢の人と語り合ってみようとイベントを行うことになりました。

なぜ、いまになって突然?
理由はあるようなないような。

でもいままでは話そうと思わなかったことがいまなら話せると思ったのです。

4月26日、下北沢でお待ちしています。

blog.hitomakase.com

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「なぜ?」という問いかけが意味をなくす人生

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たまたまだけどふたりの芸人さんについての記事を続けざまに見た。

共通するのは「なぜ」そういう生き方を選んだのかという問いかけが全く意味をなさない人生を生きていること。

何に対しても「なぜ」に捕らわれてしまうぼくたちとは、まるで違う次元を生きてるみたいだ。

世間的には評価されようのない生き方を貫いて初めて、無意味が裏返る。
感動とか尊敬とか、そんな言葉の向こう側をガツンと鮮やかに見せつけられる。

それが芸人という存在の本当の強さなんだろうけど。

 

cakes.mu

テントさんについてはまるで知らなくて。

この記事自体がよくできたフィクションなんじゃないかって疑ってしまうくらいの突き抜けっぷり。

「芸を見せてお金を取る」のが芸人なんだろうけど、自分のためだけに芸を突き詰める生き方は天才とキチガイのはざま。

 職業意識とかプロ意識みたいな現実に規定されたものじゃないプライド。

 

news.mynavi.jp

ギリヤークさんについては噂は聞いているけどまだ拝見したことはない。

芸をすることと生きることが完全に一致している。

芸は芸として楽しみたいし評価したい。そこに人生をのっけられても困る。

正直、ぼくはそう思っているけど、そんな外からの見え方なんて関係ないんだろうなあ。この人にとっては。

いつか見てみたいけどチャンスがあるのかどうか。

 

そういえば首たりパフォーマーの首くくり栲象さんも、10年ほど見たいと思っていたけど機会がないままにお亡くなりに。
見たいと心が動いたときに見ておけばよかった。

www.excite.co.jp

人生で何度か価値観がひっくり返ったことがある。

 

最初は大学を中退したこと。

入学したときには中退なんて絶対できないと思ってた。

よく考えるとできない理由なんてなかったんだけど。

大学にいる意味も見失ってたし、次に行きたい場所も見つけていた。

それは明らかに世の中からのドロップアウトだったんだけど、いざドロップしてみるとそれはそれで清々しかった気がする。

 

その次は帆船で航海したこと。

自分が知っている世界のなかで上を目指していたけど、世界はもっと広いって身をもってしることができた。

広さだけじゃなくてその多様さにも。

自分の物差しは絶対じゃない。むしろいろんな物差しを知るほうが絶対に世界は楽しい。

 

だからいまでもフラフラしながら生きている。

決まりきった毎日なんてウンザリだ。

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海と物語#003  大西洋を渡った夏の話

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突然ですがイベント開催します。

ぼくが2000年に参加した大西洋横断航海についてお話するトークイベントです。

ぼくの人生や世界観がある変わった夏ことを話ます。

 

海と物語#003 大西洋を渡った夏の話

4/26、19時30分から。

参加希望のかたは

info@hitomakase.com

までご連絡いただけると助かります。

下北沢の素敵なスペースでお待ちしています。

www.facebook.com

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「海と物語#003 大西洋を渡った夏の話」

帆船乗りで航海デザイナーの「ぶんごー」が2000年に参加した大西洋横断帆船レースについてお話するトークイベントです。

■イベント内容
ぼくは2000年の夏に大西洋を横断する帆船レースに出場しました。
カナダからドーバー海峡まで約5,500kmを風の力だけで航海したのです。
そして5年に一度開催される世界最大の帆船イベント「セイルアムステルダム」にも参加しました。

約3週間、仲間とともに帆を張り舵をとりゴールを目指した航海は忘れられない思い出となりました。
そしてたどりついたアムステルダムは夢の国みたいで。
あの夏はそれからのぼくの生き方を方向づけてくれました。

あれから19年が経って。
これまでいろいろな人に少しずつあの夏の話をしてきました。
でもなにがあって、なにを考えたのかをキチンと話したことは、そういえばありませんでした。
いまいる場所からあの夏を振り返るとどんなふうに見えるのだろう。
ふと、そんなことを思って。

一緒にぼくの「最高の夏」を振り返ってみませんか?

■登壇者プロフィール
田中"ぶんごー"稔彦

帆船乗り 航海デザイナー
29歳の時にたまたま帆船の体験航海プログラム、セイルトレーニングと出会う。それまで海や船には全く興味がなかったのになぜか心に深く刺さり「あこがれ」「海星」という二隻の帆船にボランティアクルーとして関わるようになる。帆船での総航海距離は地球二周。 2000年に大西洋横断帆船レース、2002年には韓国帆船レースにも参加。 2001年、大西洋レースの航海記「帆船の森にたどりつくまで」で第五回海洋文学大賞を受賞。

■日時、場所
4月26日(金)19時30分
BOOK SHOP TRAVELLER
東京都世田谷区北沢2-26-7
下北沢駅西口徒歩2分

■参加費
1,000円+ワンドリンク
(当日受付でお支払いください)

■参加方法
当日直接会場に起こしいただいてもかまいませんが、お席に限りがあるのであらかじめご予約いただけると確実です。
参加希望の方はステータスを参加予定に変えていただいた時点でお席を確保します。
フェイスブックアカウントをお持ちでない方は、
info@hitomakase.com までご連絡ください。
よろしくお願いします。

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スペインでは雨は、

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先日、舞台の仕事でリハーサルを見に行って、ミュージカル映画「マイフェアレディ」のナンバー「スペインの雨」を久しぶりに聴きました。

 

1964年のこの映画はまだ階級社会の雰囲気が強い当時のイギリスが舞台にした、言語学者のヒギンズ教授がひょんなことから下町の花売り娘イライザを上品なレディーに育てあげようとするお話。
当時は階級によって話す言葉やアクセントが違っていて、イライザはどうしても〔ei〕が発音できない。

それを治すために猛特訓で疲れ果てながらもやっと〔ei〕がうまく口にできたときに、喜んで歌うのが「スベインの雨」という歌。

 

なんで「スペインの雨」ってタイトルなのかというと、〔ei〕の発音矯正のために繰り返し練習していたのが、

"The rain in Spain stays mainly in the plain"

(スペインでは雨は主に平野に降る)

という〔ei〕っていう音がてんこ盛りに出てくるフレーズだからです。

 

いままではなんとも思わずに聞いてたけど、いまはセブ島に語学留学したときの発音矯正の授業を思い出すわ。

分かっててもうまく発音できなかったり、どれだけ聞いても何が違うのかさっぱり分からなかったり。
そしてちょっとしたキッカケで上手く口に出せたときの嬉しさとか。

ホワイトチョコで糖分補給しながらひたすら勉強していたなあ…ほんの3ヶ月前のことなんだけど…

そして自分の経験が増えると、いままでなんども聞いたことのある歌が、まるで違うように感じるんだよなあ。

 

ちなみに映画のなかで歌うシーンはこちら。

ヘプバーンかわいい(*‘ω‘ *)

youtu.be

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ドラマはどこにあるのか

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3月の後半から2週間、帆船みらいへにサポートクルーとして乗船してきました。

「みらいへ」は日本で唯一、一般の人が乗船して帆船での航海を体験できる船です。

www.miraie.org

2週間の間にはいくつかの航海がありました。

3時間だけの短いものから4泊5日のものまで。

 

4泊5日の航海にテレビ局のデイレクターさんが乗船していました。

番組作りではなくご自身でメディアを立ち上げたいということで、航海の様子がひとつのコンテンツにならないかと思い乗船されたそうです。

生まれて初めて帆船で海に乗り出して、帆を張ったり、舵をとったりする参加者の様子を撮影していました。

 

航海が終わったあとでたまたまその方も含めて何人かで飲みに行くことになり。

ぼく自身も帆船で起こるできごとをどう伝えるのかにはかなり興味があったので、焼き肉をつつきながら、取材の感想を聞いてみました。

彼の答えは、

「ゲストの人たちよりも、乗組員の方にドラマを感じた」

というちょっと意外なものでした。

 

これまで考えたことはなかったのですが、これはこれで当たり前かも。

ドラマとして面白いのはできごとよりも人。

そう考えるとひとときだけ船で過ごすゲストの物語よりも、そこで働くと決めたクルーの物語のほうがずっと深く掘り下げられるのかもしれません。

 

たまたま「みらいへ」では最近クルーの入れ替わりがあって、新しい若い乗組員が何人か入ってきていました。

これまで普通の船で働いたことはあっても帆船で働くのは初めて。

なかには資格は持っていてもずっと陸で仕事をしてきた人もいます。

普通の船とは違う「帆船」に夢を抱いてやってきた若くて新しい乗組員が、初めての環境のなかでとまどい悪戦苦闘しながら成長していく。

うん。確かにこれはドラマとしても面白そう。

もしかするとこの切り口からなにか生まれるかもしれません。

やっぱり、外からの視点って大事。

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